朝7時頃、自由が丘のマックで時間を潰していると、知り合いによく似た人が視界の遠く右端に現れ、ついその背中を見つめてしまった。見れば見るほど似ている。ポケットを探っている時の特徴的な手の動きに見覚えがあったし、背中の丸まり具合にも見覚えがあった。その人が席を立つまで待ち、立った時に横顔を見て前の会社の人だと確信した。以前雑談をしていた時に、この近くに住んでいると言っていたから特に不思議なことではなかった。けど、土曜の早朝のマックは酔い潰れた学生や、スーツケースを持っている旅行者などが多く、ピシッとしている人が少ないのでその人はよく目立った。
前回東京に来た時も下北沢K2シネマで濱口竜介監督の『親密さ』オールナイト上映で前の会社の人と遭遇した。東京に来るたび、色んな人とバッタリ会うのは不思議なことだと思った。その人に声をかける勇気はなかった。それも、私が会社に入って1年経たないくらいでご退職されていたので、実質ほぼ他人のようなものだった。元気にしていることを知れてなんか嬉しいな、くらいで留めておいた。
マックで時間を潰してもまだ買い物や病院に行くまでにはたんまり時間がある。自由が丘から歩いて多摩川に向かうことにした。Googleマップでは33分と表示されていた。東横線沿いに歩き出す。自由が丘から田園調布にかけては比較的平坦な道がつづくけど、田園調布から多摩川に向かう道は想像していたより傾斜がキツく、長い下り坂が続いた。早朝だからかすれ違う人もまばらで、住宅地らしくジョギングをしている人もいれば、何をしに、どこに向かっているのか分からない人も多かった。
多摩川台公園に着くと、多摩川を見下ろせる高さになっていて、木の枝の隙間から大きな川が覗けた。斜面のせいか、あまり寝ていないからかちょっと疲れていたのでベンチに座る。隣のベンチには唐草模様のハーネスをつけた柴犬がいて、優しそうな飼い主のおじさんに顔の両脇をしっかりと撫でられていた。がっしり目の体格なのに顔がすごく穏やかで(柴犬ってみんなそう?)可愛かったので、多摩川を見るフリをして視界の隅で犬を見ていた。
ずっと通っている表参道のお香屋さんに行く。200種類くらいあるのかな?通うたびに好きな香りが増え、いつのまにか30種類くらいを1本ずつ買う、みたいな買い方をしていたけど今日は立ち寄る予定がなかったのでメニュー表みたいなものを持っていなかった。ぷるぷる、もちもち、さらさら、という名前のお香3種類を10本ずつ買った。前回行った時は結構並んだ記憶があり、開店10分前くらいにぼちぼちお店の前で待っていたけど、私のほかには誰もいなかった。
このまま病院に向かうには時間が早いので青山ブックセンターに向かう。ここにいると本当に時間を忘れる。小指さんの「奇跡のような平凡な一日」を購入。冒頭の「今もふと実家に帰ればお父さんがいつものあの椅子に座っているような気がする。」の一文に惹かれた。初めて本を作った時どこで印刷しようか悩んでいて、小指さんの本の奥付に載っていた印刷会社さんにしたのだったと懐かしく思う。当時はとにかく本を作ってみたくて、その時期に書いていた小説をそのまま本にした。データとは違い、実物があると時々読み返そうという気持ちになり、たまに手に取ったりする。
あとは自主制作の日記本コーナーを眺めたりした。日記祭に出す日記はいくらが妥当なんだろう?といつも考える。
12時40分から病院の予約、病院に向かう。なかなか呼ばれないなと思っていると、スマホに電話がかかってきた。1Fの受付から同じ声が聞こえて駆け足で1Fに降りる。さっき保険証を見せて受付をしたのだけど、受付してないことになっていたっぽくて、あわあわとした様子で謝られたあと「その留守電消してくださいね」と言われた。きっと疲れてるんだ…と思った。待合にいた人は後から来た人も含めて誰もいなくなっていた。診察中に先生が使っているキーボードを見ながら、新しく処方された薬の説明を聞いたり、またキーボードの形を見たりしていた。オーディオコンボについているような音量調節の丸いつまみが端のほうでテカテカと光っている。会社なんかでは見かけない形のキーボードだった。気分の落ち込みが酷いですか?と聞かれて、ずっと寝ていたから気分がどうかもう分からなくなっていたけど、どうなんだろう、と思った。何もできない週で、空っぽの気持ちだった。
薬をもらったあとは新宿に向かい1時間ほど帰りのバスを待った。バスに乗ってからはほんの数十分寝て、本を読んで、日記を書いている。年末あたりに引っ越す予定なので、その内見の予約も取った。場所はどこにするか、他にお金は大丈夫か、とか悩みに悩んでいると、恋人が「どうにかなるしどうにでもなるから進もう」と言っていて、根拠はないけど安心した。